歴史的建造物

2020年3月22日 (日)

四賀本陣の離れ

離れは和洋折衷の建物です。

襖の引手が秀逸!
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玄関ドアのシマシマウネウネ型ガラスは気泡入!
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洋間の型板ガラスは中町のみどり薬局さんで見たものと似ている!
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四賀本陣

  四賀本陣の障子張り替えボランティアに参加してきました。
70本くらいある障子に、元の位置に戻しやすいようにタグを取付けて庭に運び出し、長年かけて蓄積された埃を洗い流して紙を剥がし、綺麗に拭いて乾かす、という作業を今日は終わらす予定でしたが、2階分の障子で予定の時間になり、次回以降の日曜日の午前中に繰り越し、来週は、2階分の紙張と1階と離れ分の洗い作業予定です。今日は畳屋さんも来ていました。次回は畳が敷かれた様子を見れそうです。
モノがあふれていた台所と物置が食堂になり、奥の部屋には立派な厨房機器が据えられて、客室には洋バスやシャワーが付き、オープン目指して準備中です。
来週、再来週日曜日、ボランティア募集中です。
障子貼り、経験者が指導してくれるようです。現場見学も兼ねてお越しください。

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※コロナ対策で、暫く延期になりました。

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2020年3月 4日 (水)

松門文庫の養生

  松門文庫の窓のパテが劣化してしまい、ガラスの固定が出来なくなっていてガラスが割れてしまい
雨風の吹込みが建物を傷めてしまうので有志で養生工事をしました。
地域(浅間、本郷地区、松本市)の宝物であり、建築的・歴史文化的・蚕業史的・景観的価値が高く、後世に残していくべき建物との思いからです。文化財の工事を多く手掛けている信頼できる工務店さんにお願いしました。

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2階の引違窓は外して保管し、窓の枠に下地材を仮付けして波板を取り付けました。

1_20200304195301  F 1階の上げ下げ窓は外すのが難しいので上から取り付けました。

Photo_20200304195501 2_20200304195401 内観は障子が嵌っているような雰囲気。

早く修理工事が出来るようになりますように。

 

2020年3月 3日 (火)

旧制松高

あがたの森、旧制松高の講堂の改修工事が行われていますが
前の前の職場で、前回の改修工事の4か年工事のうちの最後の1年を担当しました。
最後なので工事的にはほんの少し、トイレ等の増築が主でしたが。

大正時代の建物らしく、外壁はオイルペイント。
その塗装工事は、OP(商品名でいうとHi-CRデラックス300Gで補修塗り。
気を付けるのは、既存の塗膜を落としすぎないこと。
文化財の補修工事の原則です。
浮き塗膜だけを落として塗装します。

ですが、

既存塗膜を残して塗ると、剥がれやすいんですよね。
実際は
ある程度サンドペーパーで落として、欠損部はエマルジョンパテにて不陸調整して
洗浄乾燥
Hi-CR下塗り 白
Hi-CRデラックス300G中塗り
同 上塗り

色については既存部分をサンドペーパーでこすり出しをして塗膜の層を観察して
色を判定します。また、古い白黒写真の印影判断および塗膜分析をして決定した、と
工事の報告書にあります。こすり出しの場合、今までの塗装による色の変遷が見えて面白いです。
時代により流行の色があったのでしょうか。
下塗りの色を仕上げの色を間違えないように、
仕上げの色は、仕上げであった期間に退色していると思われるので若干色が違っている可能性があるので
こすり出しは紫外線の影響を受けてい無さそうな場所で行うのが良いです。

内部の塗装は、こすり出しの結果、ワニスの上に後補でオイルペイントが塗られていたことが判ったので
全部落として清掃乾燥
状況に応じてOSで色合わせ塗装
赤白セラックニスで修繕部タッチアップ
スーパーワニスで仕上げ塗り2回

以上、前回の修理工事の報告書から抜粋ですが、塗装工事について簡単にまとめてみました。

2020年2月 7日 (金)

松本の煉瓦(白板地区)

白板にかつて「アルカリ工場」と呼ばれた詳細不詳のレンガ建築群があり、その一部が公民館、アパートとして使われています。

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元はこのほかに、簡易郵便局に使われていた建物や、アーチが並んだ構造物に巨大な煙突が付いたものがありました。

Photo_20200207194401 P132 この上に巨大な煙突が付いていました。

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この構造物にそっくりな図面を発見しました。

愛知県の製糸会社のボイラー棟です。

このアーチ部分だけで見ると、これまた愛知県にあったカメレン(煉瓦工場)の窯にそっくり。

そして、大阪アルカリは、硝酸瓶(焼き物の容器)を作っていた関係で煉瓦工場に転身しているという事実。
何かニオワないか???

2019年10月13日 (日)

四賀 保福寺本陣

旧四賀村の保福寺の近くにある、かつて本陣を務めたお宅の、大正時代に建てられた建物を活用するための
片付けボランティアに行ってきました。まだ何回か予定されているので興味ある方ご参加ください。

江戸時代の本陣だた建物がそのまま残っているわけではありません。
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大火で焼けてしまったものを、本陣の時の流れを受け継いで大正時代に建て直したのだそう。
本棟造りに似た構えの主屋は3階建てで、吹抜けの梁組がスゴイ。まるで貫のように組まれています。
上をがっちり固めることで、下の部屋の空間が大きくても構造が安定するのです。
玄関は本陣なのでお殿様専用のもの、家来用のもの、その他一般の客人用、裏に裏口と別れています。
お殿様用と家来用は「式台」形式ですが、お殿様用は、かごから直に上がるので地面から床までの上りが高いままです。
いわゆる踏み台(階段というか…)が無い。座敷も天井が高く、欄間などの格子も意匠が映えます。
2階というか中三階に続間の座敷(広間)があって、古い板襖が残っていました。大火の時に助け出されたものかも。
馬場屋敷の板戸に風合いが良く似ていました。

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昭和初期に増築された擬洋館が併設されています。ステンドグラスや、植物の絵が焼き付けられた陶板(タイル)が使われ
サロン的に使われた雰囲気が漂います。2階は座敷になっていました。

特別室を備えたゲストハウス的なものになり、農作業と組み合わせた民泊としたい考えのようです。
なかなか意欲にあふれた方が取り組まれていて、四賀にはまだまだお宝が沢山あるので今後が楽しみです。

2019年9月15日 (日)

ボランティア募集

  信州大学の梅干野先生からボランティア募集のお知らせがありましたので、

数少ない読者の方へもご連絡させていただきます。

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2019年8月 5日 (月)

檜皮葺きの改修工事

国宝の仁科神明宮の檜皮葺の改修工事の見学会に行ってきました。特別、普段は工場でやっている檜皮葺きの材料の加工を現場でやって見せてくれました。

Cimg4571 桧の皮は大体3㎜~5㎜くらいの厚さで剥(む)かれてきたものを剥(は)いで薄くし、幅方向にずらして重ねた部分を特殊な形の包丁の尖った部分で5㎝程度の間隔で打ち、くっつけます。針無しホッチキスのような感じです。
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幅9㎝、長さ75㎝くらいに整えたものを屋根の基本的な部分に使い、細かいものは軒先や谷などの特殊な形状の部分に使います。
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葺く時は、檜皮がずれにくいように水で濡らして並べ、左手で押えながら右手だけで竹釘(燻すことで防腐加工されている)を使って打って野地に留めていきます。檜皮を押さえていて左手が使えないのを補うため、竹釘は口にある程度の本数を含み、舌で釘の頭を先にして押し出して玄能を持つ手で取り、打ち付けます。とても速いリズムで、写真に写りませんでした。野地は、屋根が蒸れないように、板と板の間を空けた「野小舞」となっています。檜皮の葺き足は12~15㎜くらいで、厚さは90㎜くらいになります。
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足場の椅子の脚には下に頭が出るように釘が打ってあり、スパイクのような感じで屋根面に食いつくような工夫がしてあります。口に釘を入れているので、3人の職人は会話も無く、けれどぴったりと息があった感じで見ていて飽きません。
桧の皮は、7~10年くらいで再生しまた採れるようになり、最初より2回目以降の皮が、表面の荒皮が無く上質なもので、杉などは表皮にコルク質があるため皮の再生が難しく、綺麗に薄く加工することも難しいのだそうです。施工の田中寺社さんとの取引先である山梨や岐阜の山でとれた檜皮が今回使われています。昔は地場産だったのでしょうけど。

2018年7月14日 (土)

曾根原家の改修工事現場見学

安曇野市にある、現存する最古の本棟造りと言われる、重要文化財に指定されている曾根原家住宅の改修工事の現場見学会に行ってきました。メインは、石置き板葺きの屋根改修です。

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20年ほど前に行われた改修以来の工事ということで、屋根の状態はこんな感じ。
椹板は長さ3尺、葺き足は3寸、つまり、板は10枚重ねということになります。
板の先端から20センチ程度までは傷んでいますが、奥の方はきれいなまま。
割板の表面に出来る繊維の溝が程よい通気を保つからだそうです。
工事の計画段階では、板の腐食がこの程度であることが判らなかったため、
全面取替えの計画で進んでいたため、降ろした板は選別して使えるものは今後のメンテナンス用に保管するとのこと。本来は毎年点検して裏返したり上下逆にして差し替えたりして、材料費は掛けずにメンテナンスしていくのが、民家である板葺き屋根のメンテナンス方法で、35年以上保つのだそうです。
右の写真の部分は、破風の笠木の銅板の水下部分。この部分だけ若干板の腐食が少ないのは
銅板から流れ出る緑青(錆)の殺菌作用の効用なのだそうです。

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今回の工事では、本来民家では椹は使われていなかったのではないかということで、杉板です。
丸太を3尺の長さに切ったものを、鉈のような刃物を当てて木槌で叩き込み、割っていき、
まず8分厚さの材を作り、半分に割り、半分に割り、で、2分厚さの板にします。
割るというよりは、刃物を叩き込むのは最初だけで、刃を捻るようにして剥いでいくという感じです。
板を作るのは、乾燥させる前の木の方が作業が楽なのだそうです。特に栗は固くなって大変なのだそう。
軒先の方から葺いていきます。葺き足3寸で、下の板の付き合わせ部分をまたぐように板を重ねていきます。
葺き長さ1mくらいごとに短い釘を打ちますが、これは江戸中期の民家としてはあり得ないのだそうです。
ずれてしまわないようにするためですが、短い釘なので、メンテナンスの板の差替えの時には
板を持ち上げることで抜けるのだそうです。
メンテの差し替え作業は梶棒のようなものを差し込んで持ち上げておこないま
す。茅葺の工法と似てます。
板は基本的には置いてあるだけなので持ち上げれば隙間ができるくらいは浮きますが、
10枚も重なっているので、相当な強風でも捲れあがることはめったにないそうです。
ただし、軒先やケラバは押えが効きにくいので、対策として高さのある「堰板」を取付けるのだそう。
堰板は、石の転がり落下防止よりもこの方が重要な役目だとのこと。
今回も新たな「へぇ~」に出会いました。

2018年6月14日 (木)

漆塗りの見学

町会のお舟(山車)の修復をやっていて、今日は町会の保存会の方々にくっついて、漆塗りの工場見学に行ってきました。木曽の平沢にある作業所で、名古屋城の復元にもかかわった職人さんたちによって修復工事が行われています。先日TV放映された名古屋城の漆塗りの作業風景は、実はこのお舟の作業だったという内緒話(内緒になってませんね)もありました。
大工さんによって分解、木部補修が行われた細かい部材の数は、他の地区のお舟にも類を見ないほど多いそうです。その細かいものも、一つ一つ、多くの工程を経て修復されています。こすり出しによって元の塗装の色、種類を確認し、剥がれる既存の塗装はこそぎ落とし、とのこで大まかな補修をした上に、さび土と漆を練り込んだもので均し(いわゆるパテこすりみたいな感じ)、研ぎ出し、の作業を何回かやって、中塗り、仕上げ塗りになります。その間にも研ぎが入るらしい…、気の遠くなるような工程です。作業所は漆の乾燥に適した高めの湿度に管理されています。
この後、箔貼り、再組立てとなり、町会の蔵に戻って来るのは秋口の予定です。
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砥の粉(下の容器)と錆土(上の容器)。錆土は楢川で採れるそうです。
粒子がとても細かい粘土土のようなものです。

4面塗装の部材はこんな感じで吊るして干されています。

台輪という部材がねじれてしまっていたので、左右のうち右の1本は取り換えとなりました。もとはカバ桜だったそうです。

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