建築探訪

2016年12月14日 (水)

薬局の型ガラス

大正末期に建てられた薬局の型板ガラスが素敵

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天井はブリキプレス

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2016年11月 5日 (土)

東京都文化財ウィーク2016 3

駒澤大学禅文化歴史博物館は改修工事中で、外観は玄関周りのみ。フランク・ロイド・ライトの影響を受けたテラコッタタイルと、ガコガコした平面プランが特徴です。耐震の為の壁配置なんだそう。へぇ~。展示ホールの天井のステンドがとても綺麗でした。

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書道博物館は、中村不折記念展に惹かれていきましたが、書道博物館なので絵画の方は展示がありませんでした。残念。昭和初期の建物にも惹かれて行きましたが、内部は展示パネルでほとんど見えず。雰囲気の良い小さめの中庭があり、石の蔵と、素敵なタイルが敷かれていました。

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東京都文化財ウィーク2016 2

明治学院礼拝堂もヴォーリズ建築です。煉瓦の積み方が変わっています。小口と長手が、数段おきに積まれています。初めて見た。組積造ではないのかしら???窓の「結霜ガラス」はよく見るといろいろな模様。製法が違うのか?膠の皺の寄り方の違いなのか???

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Photo_7記念館の煉瓦積みのデティールもなかなかの物でした。

Photo_6インブリー館の裏側のベランダ(テラス)は、松本の司祭館の『北側ベランダの謎』に通じるものを感じました。

東京都文化財ウィーク2016 1

東京都文化財ウィークに行ってきました。

明治学院礼拝堂、インブリー館、記念館と、駒澤大学禅文化歴史博物館、四谷若葉教会、書道博物館など。

若葉教会は、事前チェックから漏れていたけれど、駒澤大学のホールに置かれていたガイドブックに、翌日1日だけ特別公開の予定を見つけて急きょ行きたくなりました。

若葉キリスト教会は、昭和13年に建てられたヴォーリズの設計のこじんまりした教会で、戦争の時に空襲に備えて強制撤去されたものを、戦後、元の設計図をもとに建てられました。しかし、東日本の震災で被害を受け、耐震と使用上の変更(バリアフリーなど)を加えて、スケルトンにしての改修工事で今の姿になりました。ローコストの必要もあり、建材などはほとんど当初の物は残っていませんが、窓周りは昔の部材だそうです。確かに雰囲気が残って、金物のビスもマイナスの物が残っていました。照明器具の吊元の左官の装飾もなくなり、床も既製フローリングで正直残念な感じはありましたが、特別公開日に合わせて信者の方がとても親切に迎えてくださって、ピアノ演奏や映像の投影、工事にかかわった設計監理の方の説明なども企画され、建物が愛されて大切に思われていることが伝わってくる、とても良い保存改修工事がされた例だと思います。

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2016年10月13日 (木)

子ども図書館

国際子ども図書館

明治39年(昭和4年増築):鉄骨補強煉瓦造
平成14年改修工事、平成27年増築工事

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本来の計画ではロの字型の建物になる予定だったのが、正面玄関から見て右手側の一画だけが造られたそうです。

Photo_18大階段の吹き抜け空間が圧巻です。

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階段の手すりが建築基準法に定められた高さより低いため、もともとあった手摺の装飾の円形部分をうまく使って、内側にガラスの手摺を増設してあります。

Photo_12既存部分と増築部分の取り合い空間
金沢で見た建物とちょっとダブります。

 

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ドアの押し板(?)に『おすとあく』
誰でも読めるようにひらがな表記にしたにしては「と」が読めないですよ・・・。





黒田清輝記念館

久々の建物探訪(^^)

上野の黒田清輝記念館  昭和3年 設計:岡田信一郎  施工:竹中工務店

Photo_9スクラッチタイル貼りの外壁ですが、円柱や出隅のアール面など芸が細かい!テラコッタも壁に張り付いたものでなくて立体的。

正面玄関を入ると数段の階段があるホールです。Photo_5

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さらに2階に進み、奥に展示室がありますが、この天井の装飾が細かい・・・漆喰なの??木の彫り物か型押し鉄板に塗装をしたものか??はっきりしませんが。
何となく昭和より大正の香りが強い感じがします。まぁ、昭和3年は大正に近いから・・・

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お向かいの「博物館動物園駅跡」の建造物も素敵です。ちょっと国会議事堂みたい。

管理者さん、屋根に草木が生えてますよ。

2016年9月21日 (水)

歴史の里建築講座 告知

今年も歴史の里の建築講座のお手伝いをしています。

昨年の、松本平の民家(主に本棟造り)に引き続き、今年のテーマは
『たてものでめぐる松本の街道』で、市内の街道・宿場町の紹介と、
地域ごとに特色ある建物の紹介をするパネルの展示をします。
パネル展示は9月24日から12月23日までで、9月24日には展示の説明講座、
10月22日には信大の梅干野先生による講演会があります。

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※チラシはクリックで拡大して見れます

2015年10月26日 (月)

茅葺神社

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美ヶ原温泉郷の西側の大村と言うところにある、小さな神社の拝殿です。

信州大学の梅干野(ほやの)先生の調査に同行させていただきました。

この後ろに有る本殿は、明治3年に造られたという記録が有ります。地元の方は
本殿の方が古くて価値があると思われていたようですが、先生によると、拝殿の
方が古く、江戸時代の可能性大ということでした。

壁の貫(ぬき:柱を貫通して横をつないでいる材、楔(くさび)を打つことで柱と固定)
と貫との間の板壁は、よく見ると、築造に辺り寄進をした人の名前と金額が書かれて
います。江戸時代の通貨単位です。明治4年くらいまで使われていたそうですから
決定的な根拠にはなりませんが。

本郷村(大村はかつて本郷であった)史に神社の履歴みたいな記録があり、
それによると明治3年に拝殿の修理と本殿を造ったこと、その後の修理履歴が
書いてあるなかに拝殿の改築の記録がないことから考えれば、拝殿は本殿より
古いことは明らかです。

地区では、取り壊して新築する予定でしたが、この調査結果をもって、地区の宝を
文化財として後世に伝える方向になっていけば良いなぁと、地区にいる建築士会
の仲間と何かしようと思います。

2015年10月22日 (木)

廃屋めぐり2  四賀五常地区

引き続き、調査の最後の追い込みです。
(この後、会員の皆さんの取りまとめという手間が掛かる作業が残っているのですが)

 

 

松本市北部の、旧四賀村の五常地区に行ってきました。

 

主要道路からちょっと登っていくと、すぐに鉄製の高いゲートが行く手を遮ります。
獣が里に下りてこないように?するためのもので、『通行したら閉めること』とあります。
そんなところまで調査範囲です。

 

小型車がやっと通れるくらいの細い道を登っていくと、急勾配で九十九折(つづらおり)
になり、これ以上行って引き返せなくなる(ずっとバックで下るなんて出来ない!!)と思い、
そこに車を置いて、そこからはテクテク(えっちらおっちら)登っていきます。
事前にストリートビューで状況を見て(ストリートビューのカメラ搭載車はもっと手前で
ギブアップしてましたが)、かなり山中の様相だったので、熊避け鈴をつけ、ヘルメット
も持って。10分ばかり登ったと思われる頃、数件の廃屋が。で、次のカーブを曲がる
あたりから、なにやらラジオの音が聞こえてきます。驚いたことに!1軒の新しい住宅が!
こんな山奥の一軒家、一体どんな暮らしなんでしょう?結構お花など植えてあって、
むさい山男が住んでいるというわけではなさそうです。興味は惹かれましたが、新しい
建物は調査対象外。地図だとこの辺にまとまって何件か建物が有るはず。 で  
次のカーブを曲がると

 

5378ありました。でかい茅葺(鉄板を被せて有る)。
横の小道を下っていくと、奥にもう2軒。
そして、そのまた奥に、長屋門が。
何でこんな奥に門があるのかと思って
潜り抜けてみると、そちら側には下から
上ってくる山道がありました。

 

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こんな山奥に、と思いましたが、四賀のメイン道路から歩いて30分くらいなら生活でき
無いことは無いのか、とも思いますが・・・熊が出そうだよ!、ハタと思いあたりました。
先ほどのラジオは、熊避けだったのかと。

 

下る途中で、道の脇から登っていったところに神社があると地図に書いてあるので
行かねばなりません。暗い、道なのか何なのかわからないところを登っていくと
途中には熊のものとしか思えないウ●●があって・・・・・・泣きたくなります。
やっと建物らしきものが見えてきましたが、竹薮が行く手を遮っています。脇の斜面を
ようやっと登ってみると

 

3崩れかけた土蔵が、『うらめしや~』と言う感じで
建っていました。ほんとに出そうでした。
鳥居も何も神社らしいものは何も無く、でもこれ以上
上に行くような道も無く、ここが終点と決め付けて
今年の調査は終わりです。

 

次は

 

都市政策課からの依頼で、今までの調査で挙げたものの
中から選抜した80件についての詳細1次調査です。

 

廃屋めぐり1 入山地区

今年度の文化財課の調査は、山里とも言い難い、山奥の集落まで範疇です。
旧奈川村の野麦街道方面にある入山地区に行ってきました。

 

奈川の入山地区の集落には、山奥の学校と思えないような洒落た学校の建物がありました。

 

4_3外壁のペンキはほとんど落ちてしまっていますが、
もともとはミントグリーン系の、あがたの森の校舎と同じような
色だったようです。入口庇の赤い鉄板屋根もかわいらしい。


9昭和初期の建築です。
窓ガラス越しに覗いた教室は広く、子供が
たくさんいたんでしょうか???

 

この学校、地図に載っていませんでした。ある廃屋の裏に、上っていく細い山道があり
たまたま登っていってみたら門柱が見え、なんだなんだ???と行って見たら、!!!。

 

 

入山には何軒か廃屋がありますが、旅籠業だった『松田屋』(文化財)とかもあります。
また、林業が盛んな地区で、里と違い、土壁ではなくほとんど板張りです。

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土蔵はほとんど無く、厚い板を柱の間に落としこんで造る
『板倉造り』の小屋がいくつも点在しています。


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こんなかわいらしい小住宅も。
これは最近まで住んでいたっぽい。
夏の別荘にぴったり。

 

 

道路にたくさん山栗が落ちていて、袋いっぱい拾ってきてしまいましたが・・・・
・・・・栗は食べるまでが面倒くさいのでした・・・・・・・ほどほどにしとけば良かった。