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2019年7月15日 (月)

大正時代の土蔵

  建築士会に入ってすぐの頃にやったまち歩きガイドのコースにあって、
仲間内で五連倉と呼んでいた、5棟の土蔵が並んで建っていたちきりやさんの蔵。
しばらく前に3棟解体され残っていた2棟も解体されることになりました。

解体業者さんのご好意で、棟書きを見せていただきました。

   Cimg4496

大正14年築、大工棟梁 中村宗市

昭和6年の松本市大工組合の組合旗の製作と披露会への寄付金芳名掛け軸に名前が載っている人物です。
197名中10人目に書かれていて、寄附金額も7番目に多く、手広くやられていた人物であることが窺われます。

Cimg4503

大正時代にもなると、大空間では小屋組みもトラスが普通となり、金物も使われています。
外観は全く普通の土蔵でしたが、壁には土壁が使われておらず、コンクリートで、
いわゆる「木骨混凝土造」(もっこつこんくりーとぞう)です。

「単なる土蔵」も、同じ県内でも南信州の方では外壁の水切りが無いとか、
市内でも西方面は窓周りの左官仕事が凝っているだとか、
地域性があって面白いことは昨年の歴史の里のパネル展の製作過程で判っていたのですが
構造の変遷も調べてみると面白いかもしれません。

 

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