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2016年6月20日 (月)

市立博物館

松本市の博物館はあってはならない場所にあります。
松本城の史跡地内にあって、文化庁からは過去にお叱りを受けているとか。
手狭になってきたこともあり、数年前から移転改築の話が出ていましたが
このほど正式に、大名町の南寄りの部分、現在市営駐車場の敷地に移転改築をすると
発表されました。
この場所も「三の丸ということで「城内」です。現在の千歳橋の袂にあった大手門枡形をぬけ
二の丸に向かう大名町通り沿いには、中級・上級武士の邸宅が建ち並んでいました。
と言っても武家屋敷ですから、邸宅が並んでいるというより、長屋門、長屋塀、塀に囲まれ
敷地の角には見張り役が詰める塀とくっついた「物見部屋」があるくらいで、
門塀が建ち並んでいた、という感じだったのかもしれません。
現在のNTTの近くにあった600石の上級武士の邸宅の配置図が残されていますが
南西角に物見がある塀に囲まれた中には、雁行した縁が廻った座敷(書院・応接の間・
当主の間・・・・)が池のある庭園をめでるように配置され、10畳くらいありそうな玄関脇には
槍の間・使者の間(使者や、客人のお供の者が待たされる部屋)があり、
北寄りには家族だけでなく抱えの家来や下働きの者たちが暮らす場所、
味噌・漬物蔵や台所、湯殿などがあり、武家屋敷は自邸というより
半分は公務も行われていて、生活向き(プライベート)は北側に追いやられていたようです。
通りから水路に掛かった橋を渡って入る長屋門には、両側に門番と中間(家来)の部屋があり、
その横に精米所、薪炭部屋があります。長屋門と屋敷の間に穀物蔵があります。
屋敷と少し離れたところに土蔵が建てられています。万一火事が起きたとき、
燃えやすい木と紙でできた屋敷から土蔵は離して造ったのだと思われます。
意外にも便所がたくさんあります。10か所くらいあります。
庭の、池を挟んだ向こう側には拝殿(屋敷稲荷でしょうか)があります。
そして、謎の「亀園」があります。縁側が付いた座敷みたいな感じです。
いろいろ調べてみていますがまだ答えが見つかりません。
庭を観賞するための離れのようなものでしょうか?亀遊び(ペットとか?)をしたのかしら?
なんかまたタイトルと内容がずれてしまいましたが・・・
つまり
こういうお屋敷があった土地にふさわしい、格式(品格)があって、庭をめでる精神、
敷地の北側にのみに残る武家住宅の池や庭が残る敷地割とのかかわりを大切にした
博物館ができてほしいなぁ、ということです。
数百年というスパンで築かれてきた江戸時代のまちのスケール感というのは、
実にその場所にふさわしいものなのだと思います。
それを、「利益を生み出すために目いっぱいの容積を確保したい」とか、
「駐車場を確保しなければならない」とか、そんな視点を重視してできた街並みは
やっぱりどこか変なのだと思います。

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