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2013年5月13日 (月)

赤レンガの遺構

8 先月行った、江戸東京たてもの園の一角に、銀座煉瓦街の壁が移設されていました。大きな木の枝の下で目立たないところ。

この日、この壁を見た人は何人いるでしょうね?それも写真を撮った人は他にはいないでしょう(笑)

銀座8丁目の煉瓦
明治5年から10年にかけて造られた煉瓦街の、後半の工事範囲に含まれます。
最初は官営で造られていた煉瓦の建物も、予算の関係上、半分くらいは個人や民間企業で造られていました。
煉瓦街はフランス人技師ウォートルスの指導の元、設計指針が作られていたので、煉瓦の積み方はフランス積み(長手と短手が同じ段に交互に現れている)です。明治20年近くになると、政治家の派閥関係などでお抱え外国人技師も変わって、構造的にも有利であると、イギリス積み(長手と短手が段毎に交互に積まれている)が主流になって行きます。
松本にあった、明治21年築の『赤レンガの山崎歯科医院(旧丸山邸)』はイギリス積みでした。

『赤レンガの山崎歯科医院』も、建物の一角が現地に残されています。

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